大判例

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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)3174号 判決

原告

藤波自動車工業株式会社

代理人

鳥生忠佑

雁谷勝雄

高山俊吉

被告

株式会社小松製作所

河合良一

代理人

定塚道雄

定塚脩

定塚英一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告)

被告は原告に対し、被告作製型式D五〇S一一車体番号一九五二九ブルドーザー一台の引渡をせよ。

被告は、右引渡の強制執行が不能となつたときは、原告に対し金二〇〇万円の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに第一、二項につき仮執行の宣言を求める。

(被告)

主文同旨の判決を求める。

第二  主張

(請求原因)

一  訴外前沢武雄は、昭和四二年二月二八日被告から被告製作のブルドーザー一台(型式D五〇S一一車体番号一九五二九)(以下本件ブルドーザーという。)を、代金を三四二万八二八〇円とし、これを割賦で支払い、代金完済のとき所有権を移転するとの約定で買受け、右代金を完済した。

二  原告は、昭和四三年一二月二一日訴外前沢との間において、同人に対する同年一月から同年一二月までの修理代金および油代金各債権の合計金二四六万二九七七円のうち金一八〇万円を貸借の目的として準消費貸借契約を締結し、右債権の担保として同訴外人から本件ブルドーザーの所有権の移転を受けた。

三  しかるに、被告は、同訴外人の許から本件ブルドーザーを持去り、これを占有している。

四  よつて、原告は被告に対し、本件ブルドーザーの引渡を求めるとともに、右引渡の強制執行が不能となつた場合は、本件ブルドーザーの現在の価額は金二〇〇万円を下らないから、引渡の代償として金二〇〇万円の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

一  第一項の事実は認める。

二  第二項の事実は知らない。

三  第三項中被告が本件ブルドーザーを占有している事実は認める。被告は前沢からその返還を受けたものである。

四  第四項は争う。

(抗弁)

一(一)  被告が本件ブルドーザーを訴外前沢に売渡す際には、本件ブルドーザーの代金完済時において、訴外前沢が被告に対し、機械売買代金、機械修理代金、機械部品代金等の債務を負担しているときは、これらの債務の完済に至るまでなお被告が本件ブルドーザーの所有権を留保する旨の特約(以下本件特約という。)がなされていた。

(二)  そして、被告は訴外前沢に対し、本件ブルドーザーの代金完済前の昭和四三年五月三一日被告製作湿地ブルドーザー一台(型式D六〇P三車体番号九二六三)を、代金六七五万〇五七六円で売渡し、現在右代金中四四七万三〇〇〇円が未払となつている。

(三)  よつて、本件ブルドーザーの所有権は、なお被告が留保しているものである。

二  原告と訴外前沢との間の準消費貸借契約および譲渡担保契約は、仮になされたとしても、両者が通謀のうえ仮装したもので無効である。すなわち、右貸借についての公正証書は、被告が本件ブルドーザーの返還を受けた昭和四四年一月一九日より後である同月二四日に作成されており、本件ブルドーザーを被告から取戻すことを目的として作成されたものというべきである。

三  原告は、訴外前沢に対する金一八〇万円の貸金の担保のため、同訴外人から本件ブルドーザーの外に三〇点の動産類の所有権を取得しており、右動産類の価値は約金一〇〇万円程度と考えられる。

そして、本件ブルドーザーが原告主張のとおり金二〇〇万円を下らない価値があるとすると、原告は、債権額に比して過大な価値の物件を譲渡担保として取得したこととなるから、原告と右訴外人との間の譲渡担保契約は、公序良俗に反し無効である。

(抗弁に対する答弁)

一  第一項(一)の事実は否認する。被告と訴外前沢との間の不動文字で印刷された売買契約書中に、被告主張の特約が記載されているとしても、両者間にその旨の合意はなかつたものである。

同(二)の事実は知らない。

同(三)は争う。

二  第二項の事実は否認する。

三  第三項の事実は否認する。仮に譲渡担保で取得した物件の価値が債権額を超過するとしても、清算すべき約定であつたから公序良俗に反するものではない。

(再抗弁)

被告が主張する本件特約は、仮に合意があつたとしても公序良俗に反し無効である。

その理由は次のとおりである。

(一)  本件特約によれば、被告が所有権を留保して機械を売却した場合、買主は右機械の代金を完済しても、完済前に被告に対し別の機械代金、修理代金、部品代金等の債務を負担したときには、さきに買受けた機械の所有権を取得できず、売買の対象物の所有権は、その移転時期が不明瞭となる。

(二)  仮に買主が被告から連続して機械を購入する場合、代金弁済中に次の機械を買うか、弁済後に買うかにより、機械の所有権の移転時期が決定的に異なるという不合理な結果を生じる。

(三)  さらに、買主が被告と継続した頻繁な取引関係に入れば入るほど、買主の立場は不利益かつ不安定なものになるという不都合な結果となる。

(四)  買主は、すでに代金を完済してしまつた機械についても、いわゆる善良な管理者としての注意義務を負い、その結果第三者に対する責任が生じることもありうるという多大の負担を義務づけられることになる。したがつて、本件特約の付加された所有権留保の契約は、最早本来の債権回収機能を超え、専ら多額の代金を支払つて購入した物件の喪失の可能性という威嚇によつて後続購入物件の代金支払を強要する機能を有することになる。

(五)  被告は、独占的大企業であり、その社会的圧力と経済的優位を背景として本件特約を締結している。

(再抗弁に対する被告の答弁)

再抗弁事実は否認する。

原告の主張は、本件の如くブルドーザーのような機械を対象とする売買には該当しない。その理由は以下のとおりである。

ブルドーザーは、これを使用することによりかなりの利益をあげることができ、本件ブルドーザーの場合でも一時間当り約二〇〇〇円、一ケ月で約三〇万円の利益を得ることが可能である。これに対し、本件ブルドーザーの割賦金は、一ケ月二〇万円余りであつて、買主は、使用による収益に満たない割賦代金を支払えばよいのであるから、本件の割賦販売は買主に有利なものである。そのうえ、ブルドーザーは、このような収益を生む機械であるだけに、使用による消耗が激しく、急速に減価するのである。したがつて、売主は、所有権を留保しただけでは、その売買代金債権を十分に確保し得ないのであり、本件特約を結んだからといつて売主に過大の利益があるとはいえない。

第三  証拠〈略〉

理由

一訴外前沢が被告から本件ブルドーザーを買受け、その代金を完済したこと、被告が同訴外人から本件ブルドーザーの返還を受け、現にこれを占有することは、当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、原告は、訴外前沢に対し昭和四三年一月から同年一二月までの間に、機械修理代金および油代金合計二四六万二九七七円の債権を有するに至つたが、同月二一日同訴外人との間で、右債権のうち一八〇万円を消費貸借の形に改めたこと、その際右一八〇万円の債権の担保とするため、本件ブルドーザー―他三〇点の物件を同訴外人から原告に譲渡したこと、そして、同日その旨の公正証書を作成しようとしたが、担保に供する物件の特定が不十分で作ることができず、結局昭和四四年一月二四日に作成されるに至つたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで、被告は、原告と訴外前沢との間の準消費貸借契約および譲渡担保契約が虚偽表示である旨主張するが、右各契約についての公正証書の作成が契約成立の日よりおくれたいいきさつは右に認定したとおりであり、他に右契約が虚偽表示であることを推測すべき特段の事情は認められないので、右主張は採用の限りでなく、また、右譲渡担保契約が公序良俗に反するとの主張も、仮に本件ブルドーザー以外の物件の価値が被告主張のとおりであるとしても、原告は清算すべき義務を負うことになるのであるから、それだけでは公序良俗に反するとはいえず、他に特段の事情も認められないから、結局採用できないことになる。

二そこで、被告の本件特約に基づく所有権留保の主張について判断することとする。

まず本件特約の成否につき考えるに、〈証拠〉によれば、訴外前沢は本件ブルドーザーを買受ける際に、本件特約が記載されている契約書に署名捺印したこと、その後右契約書とほぼ同一の内容の公正証書が作成されたこと、したがつて、被告と訴外前沢との間に、本件特約を結ぶ合意が成立していたことを認めることができる。この点につき証人前浜は、契約書に本件特約が記載されていたことを知らなかつた旨供述するが、右供述部分は、〈証拠〉に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

次に、〈証拠〉によれば、訴外前沢は被告から、本件ブルドーザーの代金を完済する前の昭和四三年五月三一日に、被告製作湿地ブルドーザー一台を代金六七五万〇五七六円で買受け、右代金中四四七万三〇〇〇円をその後支払わなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、本件特約が有効とすれば、本件ブルドーザーの所有権は、なお被告に留保されていることになる。

三、そこで次の問題は、本件特約が原告主張のとおり無効であるか否かである。結論としては、当裁判所は、右特約は未だ公序良俗に反するものとはいえず、他に特段の無効原因を見出すこともできないので、有効なものと判断するものであるが、その理由は次のとおりである。

本件特約によれば、ブルドーザーの買主は、その所有権を取得するためには、売買代金を完済するだけでは足りず、その他に機械売買代金または機械修理代金、同部品代金等の債務があればこれも完済しなければならないことになつているが、当該ブルドーザーの代金以外のどの範囲の債務を完済すれば所有権が取得できるのかということになると、必ずしも明瞭でないといわざるを得ない。つまり、売買対象物の所有権の帰属が、曖昧なものとなり、売主と買主との間の法律関係が不明瞭になる虞れがあるのである。したがつて、買主としては、いつまで売主の所有物として保管する義務を負つているのか不明のまま、買受けた物の処分を事実上制限される可能性があるわけである。

同時に、買主が所有権を取得するには売主に対するあらゆる債務を弁済しなければならないものとすると、買主は、買受けた物の代金を完済し売買契約上の債務をすべて履行し終わつた場合でも、右売買契約とは全然関係のない何らかの債務がたとえわずかでも残存していると、買受けた物の所有権を取得できずに、これを処分でききないという負担を負わねばならないのに対し、売主は、右売買契約と無関係の債権について、売買対象物を譲渡担保として取得したのと同じ利益を享受することができるわけである。しかも、売主の右債権は、本件特約を締結する当時においては、当事者が全く予想しなかつたものでよいことになるのである。

さらに、本件特約に従えば、買主が代金を完済しない間に別の物を買受けるというように、売買が反覆して継続的に行われると、対象物の所有権の移転は、無限にひき延ばされ得ることとなる。すなわち、売主は、買主が代金債務を履行するのと対応して、物の所有権を移転させるという基本的義務を負うにも拘らず、その履行を猶予され続け、同時に、自己の債権の担保となる物に、その数が増加し価値が増大するという結果になり、多大の利益を享受できるのである。これに対して、買主は、自己の給付義務をいかに履行しても、これに対する反対給付を得ることができず、これを得るには、本来何の関係もないはずの義務を履行しなければならないことになるのである。

以上要するに、本件特約が適用されるとすると、売主は大きな利益を享受することができ、反対に買主は相当の不利益を負担しなければならなくなり、それと同時に、売主と買主の間の所有権関係が不明瞭、不安定なものになるということができるのである。

そして、〈証拠〉によれば、被告は、ブルドーザーの国内販売量の約六〇パーセントを販売しており、その販売にあたつては、本件特約と同一内容の特約が記載されている予め印刷された契約書によつて、売買契約を締結していること、したがつて、買主は、被告からブルドーザーを買受ける場合、本件特約を結ぶか否かについて、事実上選択の余地が少なく、訴外前沢もその例外ではなかつたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定説示したところを総合すると、本件特約は、公序良俗に反するのではないかという疑いがなくもない。

しかしながら、被告は、ブルドーザーはこれ使用することによりかなりの収益をあげ得ると同時に、その価値は急速に減少するため、単に所有権を留保しただけでは売主の代金債権は十分に担保されない旨主張し、〈証拠〉によれば、右主張事実を認めることができる。そうすると、ブルドーザーを割賦販売する場合の売主が、単に売買の対象であるブルドーザーの所有権を留保するだけでなく、他に代金債権を担保する方法を採ろうとすることも無理からぬところである。したがつて、同一人に対し継続的に何台か販売することが予想されると、後の販売する物件の代金債権担保のために、本件特約の如き特約を締結することも、一面やむを得ないということもできよう。このような必要等諸般の事情を考慮すると、本件特約は、前説示の不合理性があるとはいえ、なお契約自由の原則の埓を超えているとは認められず、公序良俗に反するものではないといわざるを得ない。(ただし、売買した機械の所有権を留保できる売主の債権は、後の売買対象たる機械の代金債権およびこれに付随する修理、部品代金債権という合理的な範囲に限定されなければならない、と考えられるところ、本件特約の文言上は、「機械売買代金、機械修理代金、機械部品代金等の債務」とあるので、その余の債権(例えば、別途に発生した消費貸借債権等)に拡張解釈されるおそれが全然ないではない点に一抹の不安を残すけれども、〈証拠〉によれば、実際上は右範囲に限定されていることが窺われることであるし、右の文言上の不用意の故に本件特約自体を公序良俗に反するとすることは、かえつて行き過ぎであろう。)

四以上によれば、本件ブルドーザーの所有権は、被告に留保されているものであるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないことになる。よつて、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(倉田卓次 奥平守男 相良朋紀)

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